梅の香りと僕の黒歴史

梅の季節だね。
でも、梅の香りが運んでくるのは、僕にとっては少し苦い記憶だ。
ただ、あの時間がなければ、今の僕はいない。


まだ僕が会社を経営していた頃、
それは本当に、前触れもなくやってきた。

朝、いつものように歯を磨いていたとき、
鏡に映る自分が、誰なのかわからなくなった。

泣いている。
「え? 誰が泣いているんだ?」
足が動かず、しゃがみ込んで嗚咽しているのに、
それが自分だという実感がなかった。

頭の中では、いくつもの声が渦を巻いていた。
奮い立たせようとする声は遠く、
もう一人の自分が、執拗に責め続ける。

「お前のせいだ」
「なんでもっとうまくできない」
「無能な奴」

他人に向けていた厳しさが、
そのまま自分に返ってきた。

取締役社長という肩書は、
知らないうちに僕を傲慢にしていた。
今ならパワハラと言われるような言葉も、
感情のままに口にしてしまったことがあった。

やがて、社員の離反が起きた。
信頼していた右腕と事務員が突然いなくなり、
帳簿の不正と裏切りを理解した。

それでも僕は平然を装った。
弱音を吐くのが苦手で、
理解者なんていないと思い込んでいた。
その頃には、ツレでさえ重荷に感じていた。

起業してから業績は順調だった。
時代の流れに乗れば、誰だってそうなる。
だが反動は大きかった。

設備投資と移転を終えた直後、
デフレと円高の波が押し寄せた。
海外製品が溢れ、売上は半減した。
受注はあっても、単価は上がらない。

給料だけは下げられなかった。
それは僕にとって、どうしても守りたい聖域だった。

社員とその家族の生活、
そして自分自身の身の丈を超えた暮らし。
すべてを維持する重圧の中で、
昼も夜もなく働いた。

利益が出るなら、どんな商品でもよかった。
気づけば、嘘も上手くなっていた。
何の実績もない商品を、
「最高の商品です」と言って売った。

魂まで売っていることに、
そのときは気づけなかった。

高級車も、広い家も、
幸せの証なんだろう。
でも僕には、ただの重荷だった。

感動がなくなり、
世界はいつも霧がかかったようだった。

自律神経は乱れ、
眠れず、食べられず、また食べ過ぎ、
健康診断はいつもD判定。

死んだ方が楽だと思う瞬間もあった。
でも、無責任なことはできない。
それだけが、かろうじて僕を繋ぎ止めていた。

規律だけが自分を保つ手段だった。
時間通り、予定通り。
それが崩れたら、僕でいられなくなる気がしていた。

そして、あの日の朝。
ぷつんと、糸が切れた。

もう無理だ、と身体が先に理解してしまった。
抑え込んできた感情が、
罪悪感と一緒に一気に溢れ出した。

自分を責めることで、
一瞬だけ楽になる。
でもすぐに、また苦しくなる。
その繰り返しだった。

医者は「鬱」という言葉で説明を終えた。
処方された大量の薬に、不信感を抱きながらも、
すがれるものはそれしかなかった。

めまいで車も運転できなくなり、
ほんのわずかな平穏と引き換えに、
多くのものを失っていった。

数か月後、
ひぐらしが鳴き始める頃、廃業を決めた。
失う恐怖より、
責任の重さのほうが耐えられなかった。


毎年、梅の香りが届くと、
あの頃の自分を思い出す。

でも今は、
ただの黒歴史じゃない。

あの経験があったから、
僕は“今の生き方”を選べたんだと思う。

つらかったけど、必要な時間だった。

そう思えるようになっただけで、
あの頃の自分を
ようやく許せるようになったんだ。

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